Short Shorts 12


ーある家族の物語ー






その日は冷たい雨だった・・・。

いつものように
シャンディを車に乗せ、近くの「高速」の下を散歩させ
車に乗り込もうとした時・・・







向うから知り合いの娘さんが歩いて来た・・・。


「あら、お久し振り!お元気?」
と声をかけると
「はい、元気です。ご主人もお元気?」

と言う明るい返事が帰って来た。
良かった・・・と心から思う。





あれは今から10年以上前の事だった・・・。


以前住んでいた所では
近所の犬の飼い主同士、とても仲良くしていたから
会えば良く、わんこ情報や世間話に花が咲いた。





彼女のマンションは私の住んでいたマンションからすぐの所に有り
たまたま、その隣に私の友人が住んでいた。

そんな事も有って
彼女の家族とも、犬のお散歩などで会えば自然に話をした。


お父様は某企業の重役さんだという事で
とてもまじめで優しそうな感じの方で
犬の散歩は大抵彼がしていた。






犬は「パグ犬」で名前は「パグ」ちゃんと言う
ちょっとシャイな5才の男の子だった。

そして
たまにお見かけする奥様は見るからに優しそうな感じの方で
時々ご主人の都合で
パグちゃんのお散歩が出来ない時には
その奥様や娘さんが代わりにパグちゃんのお散歩をさせたりしていた。


それが
ある日を境にパッタリとそのパグちゃんを見かけなくなり
たまたまその奥様に道でお会いした時に

「最近お宅のパグちゃん、お見かけしないけどお元気ですか?」

と声をかけると・・・

「それが、ついこの間亡くなっちゃったんですよ。
ちょっと病気をして入院していたんですけど
大した病気でもなく
先生に明日には退院出来るって言われていたんですよね。

それが・・・
皆で明日パグを迎えに行こうと話していた矢先
夜中に容態が悪化して危篤なので来て欲しいって、
病院から電話が有ったんですよ。

そして
あの子はそのまま亡くなってしまったんです。


主人はそれはもうガックリしてしまって・・・
何しろあの子の面倒は全て主人が見ていたんです。

でもね、あの子が亡くなって、実はホッとしているんです。







主人は、とにかくあの子を可愛がって
私や娘は二の次、三の次・・・。

機嫌の悪い時など
「お前も〇子もこの部屋から出て行け!
って私と娘を部屋から追い出してね
パグだけは側に置いておくんですよ。

犬にやきもちを焼いているようで何ですけど
正直言って、元々私は犬があまり好きではないんです。


でも、主人がどうしても・・・と言うので仕方なく飼ってたんです。

だから、主人がいない時にあの子の世話もするのが、ホントは嫌だったんですよ〜。

これで主人も少しは私達の事も考えてくれるようになるんじゃないか・・・

と思って、むしろ喜んでいるんですよ。」


涙も見せず、少し微笑みながらそう聞かされた時、
私は少なからぬショックを受けた。


いくらご主人がワンちゃんを溺愛していたとしても
「亡くなってホッとした」
はないのではないかな〜・・・ってね。


その家族は全員、とても良い人のようでは有ったけれど
どこかちょっと変わった所も有るように見えた。

奥様の方はその当時50才前半位で
いつもきれいにお化粧し
ブランドものの明るい色の洋服に身を包んでいたのだけれど









娘さんの方は
いつ見ても、何とも不思議な格好をしていた。
それに
20歳を過ぎたお嬢さんが
昔の幼稚園児が持っていたような
赤い「ペコちゃんバッグ」を首から提げて歩いていたり

時々言動もおかしかったりしたから
近所でも何かと噂の対象になっているようだった。


その彼女が
ある日、サニーと散歩をしていた時
まるで放心したように私に話しかけてきた。


「〇〇さん、実は私・・・
今、父と母を殺して床に埋めてきました・・・」


「え〜〜っ?」

驚いたなんてものじゃない。


それでも何とか心を落ち着けながら

「冗談でしょ。
いったい何が有ったの?」

うつむいて黙り込んだ彼女に言った。

「じゃあね、とにかく今から私は家に帰ってサニーを置いてくるから
貴方はちょっとここで待っててね。」

彼女は素直に頷いた。








慌てて家に帰ると
まず、大抵は家にいる彼女の隣に住む私の友人に電話した。


彼女は私の話を聞くなり

「最近又、あの子おかしくなったようなのよね。
お母様の話によると、今頃の季節には情緒が特に不安定になり、
毎年入院させている
って言ってたから、きっと又その時期なのね〜。
可哀想に・・・。

それに、私さっきお隣の奥さんと会って話したばっかりだもの。
殺したって事は有り得ないわよ。

ただ、お隣さんは何か家庭内の問題があるようね。
だから、きっと又何か有ったんでしょう。」

と言う。

ほっとして、すぐに彼女の所に戻ってみると
じっと地面を見つめて同じ場所に立っていた・・・。

「〇〇ちゃん、やっぱり貴女の勘違いだったみたいね〜。
何も問題は無いようだから、安心してお家にお帰りなさい。」


それでも殺したと言い張る彼女を何とかなだめて
その日は家まで送っていった。












それから暫くして
その隣に住む友人の家にお茶に呼ばれたある日の事・・・

すっかり長居して夕方になってしまった。

彼女もその娘さんの家もマンションの一階だが
庭続きなので、簡単に行き来が出来るようになっていたのであるが

ベランダを向いて座っていた私は
腰が抜けるほど驚いた。

なんと・・・

窓ガラスに顔を押し付けて
ジッとうらめしそうに、こちらを見て立っている女がいるではないか・・・。

「ひぇ〜〜〜!」
と叫びそうになった私を

向かいに座った友人が笑いながら見つめ
落ち着いて、事も無げに言った。


「あっ、又来ているのね。
お隣の〇〇ちゃんでしょう。

そうなのよ。
この頃良く夕食時になると、家を覗きにくるの。
最初は私もビックリしたし
子供達も気持ち悪がったのよ。

でもね、
あの子、きっと寂しいのよ。

お家がうまく行ってないから
暖かな家庭の団欒が羨ましいのよね・・・。








だから、子供達にもいつも「見てないフリをしなさい。」
って言ってるの。
カーテンもね、出来るだけ閉めないでそっとしておいてるの。

そうするとね、その内に帰っていくのよ。」





本当に優しい友人だよね。
これが心臓の悪い老人だったりしたら
「悶絶死」ものだよね〜・・・。





その後

このお嬢さんや奥様本人から聞いた話だけれど・・・


この家族には、上にもう一人お嬢さんがいたんだって・・・。

その子は美人で頭も良く
学校でも人気者で、妹をとても可愛がっていたという。

そして
家族は、その上のお嬢さんを中心に幸せに暮らしていたらしい・・・。

それが







ある日・・・高校生だったそのお嬢さんが
突然自殺してしまった・・・。

父も母も、そして妹もショックのあまり
立ち直れなかったという。
それ以来、この家族の心は皆バラバラになってしまった・・・。

そして、今もその不幸を家族全員が
消化出来ずにいる・・・
そんな感じがした。


一見、何不自由なく、幸せそうに見えた家族だけれど
それぞれ心に深い悲しみを抱えて生きていたんだね・・・。





そして、数年前・・・
奥様が「クモ膜下出血」で突然亡くなられた・・・。


今、彼女は
母親が買ってくれたマンションに一人で住んでいると言う。

以前こうも話していた。

「私と父は気が合わないんです。
一緒にいると喧嘩ばかりしているの。
だから一緒には住まない方がいいんです。」









母親が亡くなり
たった二人だけの家族になってしまった父と娘・・・。

なのに
今はそれぞれ別々に暮らしている・・・。



ホントに人生って、切ないよね〜・・・。


手を振って、足早に去って行った彼女の後姿に

「頑張って!」
と、心から声援を贈らずにはいられなかった・・・。